こんなんならもういいじゃん、憲法イチから書き直せば


▼GHQによるコピペ(盗用)にすぎない現行憲法を放置してよいのか 西修(駒沢大名誉教授)
http://www.sankei.com/column/news/151217/clm1512170002-n1.html

これはヒドい。まあ1週間で作ったっていうのは有名ですが、今も昔もそんな時はチョキチョキペタペタですよね。会社だと、そのノリでレビューに出すと、指摘事項の嵐で書類が真っ赤になるんですが、憲法の場合はそうではなかったようで…。担当が作った書類がレビューされずにそのままお客様に提出されてしまった感じですね。さらに書類を直すのに注力するのではなく、お客様にそれで受け入れさせる方を頑張っちゃって、無理矢理受け入れさせた結果、今に至る、ってところでしょうか。リバース・エンジニアリング必至な、時々見かける悲惨な風景ですな。

と、ここまでで西教授がどちらさんだか理解されている方はどれだけいらっしゃるでしょうか。件の安保の話題で、「集団的自衛権の行使は現行憲法の枠内だ」と主張した3人の学者の1人です。批判した人はちゃんと覚えておいてくださいよ(笑)。

▼【詳報】集団的自衛権の行使は現行憲法の枠内〜安全保障法制で、西修・百地章の両教授が会見
http://blogos.com/article/119500/

結局最後まで反対派の言い分が理解できなかったけど、1つでも納得できる内容あるのかなあ。良いサイトがあったので紹介しておきますね。

▼集団的自衛権問題、反対or賛成 意見&理由まとめ
http://www.arayuru-houhou.com/wakariyasuku/shuudann07.html

ここにも納得できる反対意見はないですね…。不勉強な人の意見、いや、感情的になっている時点で意見とすら言えないかもしれません。サイト中で何度か出てきますが、あなたの思考はWGIP(ウォー・ギルド・インフォーメーション・プログラム)の影響だと賛成派に言われていますね。まあ、そうなんでしょうね。まずはその存在を知り、理解した上でないと議論はできないでしょう。

中国の情報統制を見て「なんて国だ!」などと、他人事のように考えていてはいけません。日本は戦後に思想統制を受け、今なお、その統制が外れていません。アメリカによってもたらされたそれは、今では中国や韓国に良いように活用されてしまっています。

最近もヒモ(韓国)に金払いました。従軍慰安婦の問題をこれで決着させるんだ、とかで。賠償に関しては1965年に決着したんじゃなかったでしたっけ? そうやって払ったら、過去の決着を否定することになることに加え、従軍慰安婦を認めたことにもなりますよね。それを見た外国は、どう思うのでしょう。韓国の思う壺です。

▼Wikipedia:日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E3%81%A8%E5%A4%A7%E9%9F%93%E6%B0%91%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%96%93%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84

確かに従軍慰安婦に関する記述はありません。そりゃあそうでしょう。事実としてなかったものなら、その時書けるわけがない。

今の日本は外交が下手だと痛感させられます。なんで毅然とした態度でつっぱねないのか。岸田外務大臣は広島選挙区だから余計に頭を抱えてしまう。子供の頃からよく、この人の選挙のポスター見てましたよ。ウチの親は「親の七光りで好かん」と言ってましたが、たしかに岸田さんの親父さんも爺さんも衆議院議員だったようですね。Wikipediaには写真が出てこない程度の有名さ、のようですが…。

外交に限らずですが、日本人は議論にすぐ負ける。もちろん文化的背景もありますが、そういう訓練をやらずに大人になることが何より大きい。アメリカではディベートの授業が当たり前のようにあり、部活にはディベート部があったりする。私の通った小学校から大学まで、どこにもディベートらしいディベートはありませんでした。

「日本人だしムリに無くても良いんじゃないの?」という声が聞こえてきそうですが、いやいやそんなことはないです。現に今、システムエンジニアやってて、この能力がないことで滅茶苦茶苦労しています。お客さんを説得させる能力があったら、残業時間の削減は軽く実現できると思います。システムエンジニアに限らず、ビジネスで必要とされる大切な能力の1つのはずですよ。

ディベートと言わずとも、論理的な考え方を学ぶ授業も不十分です。一応数学がその要素を持っていると言われて学んできましたが、ほんとう…か? 数学が必修科目の理系の学部にいましたが、研究室の各人の発表を見ていて、論理的な説明ができてるなあって思える人なんていなかったぞ。それ以前に日本語がおかしくて、聞くに耐えないものが大半だった。

こうして思うのは、生涯教育の大切さです。学校から出てからも学ばないといけないことがたくさんあります。ここ100年の歴史、現在の政治、仕事に関するノウハウ、家のこと、メンタルマネジメント。なにより日本語。できれば英語。

学ぶことから逃げることもできますが、おそらくそれは10年後・20年後になって大きな影響が出てくるのではないでしょうか。自分は理系だから文系の勉強はしなくていい、とか。資格取れって会社から言われているけどやる気ないや、とか。思いがちですが、その結果が自分の将来にどう結びつくのか。悪い方向に行くことはあっても、良い方向には行かないでしょう。

公園に出勤するお父さんにならないためにも、少しずつでも学べる人にならないとですね。本日は大晦日。明日、1年の抱負を考える方も多いのではないでしょうか。学ぶことも意識しながら、ぜひ良い抱負を抱いていただければよろしいかと思います。それでは良いお年を!

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