リベラルアーツ -文系・理系制度の終焉-


日本にはガラパゴスな教育制度があります。社会人になってからもよく聞きますね。「俺は理系だから、云々」「私、文系だから四の五の」とかとか。これって、どうなんでしょうか? 最近ちょいちょい耳にするリベラルアーツという考え方を、今日は取り上げてみようと思います。

あれ、WikiPediaがアテにならないぞアラートが出てる…
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%B3%BB%E3%81%A8%E7%90%86%E7%B3%BB

うにゃ、しかも全然信憑性の感じられない記事しかググっても出てこない…。では、経験的に見聞きしたベースで書くしかないですね。

理系・文系に別れる制度としたのは、ある意味では選択と集中であり、事情として教える側が不足していた、という話を聞いたことがあります。明治以降の劇的な成長、戦後の高度経済成長を支える上では、とても効率的にその効力を発揮したと言えるでしょう。

ですが、ここへ来て状況は変わりつつあります。イケイケドンドンの時代はもはや過ぎ去り、縦割りの価値が薄れていっています。これからはロボットに仕事を奪われていきます。ロボットができない仕事を人間がやることになります。そして複雑な判断が求められる仕事が多くを占めることになっていくでしょう。クリエイティブな仕事、といえば聞こえは良いですが、ラクなものではありません。より広い視野で情報を集めて、今までにない組み合わせを提案していく仕事というのがそれです。私のような人間は楽しめますが、多くの人はそれほど望んでいない仕事のように思えます。少なくとも周囲のサラリーマンを見ている分にはね。

それに、より良い仕事をするためには文系・理系と制限せず、全教科横断して理解を深めていかなければなりません。言語力の低さは全ての能力の上限に影響します(母国語・外国語)。いくら熱を込めたところで論理的に数値で語らなければYesとは言ってもらえません(算数・数学・統計学)。ハードな仕事をするには栄養面や各種ケアも馬鹿にできません(理科・家庭科・体育)。世間知らずでは会話にならないし、モラルがなければ信用してもらえず、グローバルに仕事をするならアイデンティティを明確にしておかないと苦労します(社会科・倫理・道徳)。

また、大学全入時代と言われたのは既に10年以上前の話。教える側が足りない状況はとっくに解消しています。リソース面でも文系・理系制度はそろそろお役御免になってもいいんじゃないでしょうか。まあ、人はいてもナンボのモンかという話はあるでしょうが…。

んー、GHQが日本人の学力低下のためにやったとかって話もあったような気がするけど、この制度は明治からか…? 関係ないのか。

私がこの考え方を意識するようになったのは、他でもない、私の夢であるハッカーのせいです。プロフェッショナルであるはずのハッカーという存在は、なんともリベラルアーツにまみれた要件を提示しています。なにか楽器が弾けるようになりなさい。武道をやるべきだ。プログラム言語を何か書けるようにしなさい。母国語や英語を勉強すべきだ。大学時代に見つけた以下のサイトではそんなことが書かれているのです。

ハッカーになろう
http://cruel.org/freeware/hacker.html

実際、私は一通りやってきています。ビオラ弾きです(でした)し、人知れず武術をやっていたりします。PHP・JS・SQLはじめ色々書けますし、こうしてブログで文章を書くことで日本語の鍛錬もし、英会話スクールに通いつつ定期的にTOEICを受験していたりします。

こう聞くと、ただひたすら大変そうだと思われるかもしれませんが、意外と相乗効果があるものでね。スタートラインが全てゼロからというワケでもなかったりします。不思議と音楽と武術に共通点を見出すことがあったりします。人にモノを教えるという意味では、どれもそれほど変わらなかったりします。内容は違っても、学ぶことに慣れるとパターン化できたりします。どんなことを学ぶでも、反復練習が最も大事と言われ、やってみると実際その通りで。武術で言うところの「守破離」という考え方は、どんな分野に対しても言えるのだなあと感じたり。


そういえば、私は学生時代は歴史が嫌いだったのですが、最近は特にここ100年の歴史にフォーカスを当てて情報収集しています。自然と勉強している感覚。学生時代に嫌いだった理由は、嘘か真かも分からないと言われながら数年ごとに書き換えられる程度の歴史なぞ学ぶ価値があるのか?と思っていたことや、「歴史に学ぶ」ことで過去の過ちを繰り返さないようにすることが肝要なはずが、歴史に学べるほど深いところまで授業には出てこないこと。今では教科書は投げ捨てて、自分の足で探しながら、自分の感覚ではどう思うかを大事にするようにしています。

今年は夏からこっち、色々なところに足を運びました。また詳しいことは追ってご紹介しますが、ひとまずサマリだけチラ見せ。千葉空襲については既に記事にしています。

7月:きぼーるで千葉空襲の展示(千葉)
8月:回天記念館(山口)、遊就館(東京)
9月:鹿児島市街、知覧特攻平和会館、鹿屋航空基地史料館(鹿児島)
10月:きぼーるで樺太の展示(千葉)
11月:記念艦三笠(神奈川)

遊就館は3時間ではとても時間が足らなかったので、もう1度や2度は行かないといけないです。また、箱根のパール下中記念館や毎日通りすぎている新木場にある第五福竜丸の展示館なんかにも行きたいですね。

次回広島に帰省した際は、旧呉鎮守府周りの「てつくじ」や江田島にも行かないと…。子供の頃に少なくとも3回は行ったけど、広島の原爆資料館に改めて行くと、また違った見え方がするかもしれないな。ああ、その意味では長崎にも行かないとな。旧佐世保鎮守府もチラ見したいし――。


さて、そんなことを言っている私は何のお仕事してる理系or文系でしたっけ?と。はい、エンジニアやってるバリバリの理系です。

私の仕事はITであり、国境のない技術である側面があります。そう言いつつもサイバー戦争とかいって、国レベルで攻防していたりします。そんな中、「あなたはどこの国のためにどんな貢献ができるのですか」と聞かれて、どう反応するのでしょうか? だからこそ、エンジニアだって歴史や政治を学ぶべきだし、他者を理解するためには様々な文化を知り、「そういうのもあるのか」と知見を広げる必要があります。単にお金につられてあっちへこっちへと傭兵の真似事をやっているようでは、そのうち足元を掬われます。

と、そのような事情があって、私は世に言われているリベラルアーツというものに賛成なのです。皆さんもどうか、文系理系の壁を取り払って、幅広い知見を得られることを切に願います。

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